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福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)17号 判決 1970年9月09日

原告 関衛工業株式会社

右代表者代表取締役 野口豪

右訴訟代理人弁護士 山中唯二

右復代理人弁護士 半田辰生

被告 第一企業株式会社

右代表者代表取締役 太田香苗

右訴訟代理人弁護士 鍛冶四郎

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は、「一、被告は原告に対し金二五四万四、九六一円及びこれに対する昭和四二年五月一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに第一項につき仮執行の宣言を求め、請求の原因として

一、原告は、浄化槽工事、配管工事、衛生設備工事の施工を業とする会社であり、被告は冷暖房、空気調整装置、換気、衛生給排水工事の設計施工を業とする会社で福岡市赤坂一丁目一五番二四号に福岡支店を設け九州地方における営業を行っているものである。

二、原告と被告との間に昭和四二年一月一七日、被告の注文により原告において北九州工業高等専門学校の浄化槽工事、分離槽工事、屋外排水桝工事、屋外管布設工事各一式の施工をなし、被告においてその対価として金四四〇万円を原告に支払う旨の請負契約が成立し、原告は同月二〇日工事に着手した。

三、原被告間の右契約は通常の地質の土地に浄化槽等を設置するものとして計画算定のうえ締結されたものであるが、原告の工事開始後、浄化槽設置のため土地掘下工事を進めたところ、非常に強固な岩盤に逢着し当初計画した工事方法によっては工事完成は不可能であり、著しく機械費、労務費を増大して加算しなければ土地の掘り下げができないことが判明した。

そこで、原告は被告会社福岡支店の小沢支店長、赤石部長に右事情を説明したところ、同人等も本件工事完成については岩盤掘下のため機械費、労務費の増大が不可避であることを認め、同月末、岩盤その他地質天候等の悪条件による工事内容の強化変更に伴う費用の増大については原告に損失をかけないよう被告において負担する旨言明したので、原告においても右事情変更を理由に本件契約を解除することをせず、工事の完成に努めることにしたものである。

右の事実により、昭和四二年一月末頃本件請負契約は、工事現場の地質等の事情による工事内容の質的量的強化に基いて、実費補償契約に変更されたものである。

四、原告または原告の代理人葉山建設こと訴外葉山滋は昭和四二年四月三〇日本件工事を完成して被告に引渡した。

五、原告は本件工事につき労務費、機械借用料、材料費、諸経費として別紙明細書記載のとおり合計六九四万四、九六一円の実費用を要した。

六、よって、被告は原告に対し前記引渡と同時に右金額を支払うべき義務を負うに至ったところ、被告は金四四〇万円(内金六〇万円については、葉山滋に対し被告より直接支払)を支払ったのみであるから、残金二五四万四、九六一円及びこれに対する引渡の後である昭和四二年五月一日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

七、仮りに、本件請負契約の内容が実費補償の契約に変更されなかったとしても、昭和四二年一月末頃原告は、地下岩盤の存在等により通常予想しえない異常な費用の増大を理由として、被告の代理人もしくは代理人と信ずべき事情にあった現場代表者明石英毅に対し、代金増額の申入れをなしたところ、明石はこれを諒解した。右時点において、原告は、事情変更に基く代金増額請求権(通常は設計変更または追加工事の名目で事実上処理されるのが慣行である)もしくは契約解除権を取得したものであるところ、明石の言動により原告は契約解除権行使の時期を喪失させられたため、原告は確定的に代金増額請求権を取得するに至ったものである。

そこで原告は右増額請求権に基き原告が支出した実費用金六九四万四、九六一円の範囲で代金の増額を請求するとともに、支払済の前記金四四〇万円を差引いた残額について支払を求める。

八、被告主張の合意による解約の事実は否認する。もっとも、原告の工事が遅延したことはあるが、右は岩盤の存在による工事の難行、工事日程中三分の一強にわたる降雨降雪による工事不能等原告の責に帰すべからざる事情によるもので、被告もこれを了解していたものである。

九、仮りに、被告主張の解約の合意が成立したとしても、右合意の内容は、原告の将来にわたる工事続行を免除し、原告が従前なした工事については、これを有姿のまま被告に引渡し、葉山に工事を続行させる趣旨のものであり、なんら原告の施工済みの工事分についての代金増額請求権を放棄せしめるものではない。

一〇、(民法六四一条による損害賠償請求) 仮りに、被告主張の解約により原告に増額代金の請求権がないものであるならば、右解約は民法第六四一条の限度において効力を有するものというべきであるから、契約の解除により被告は原告において被った前記費用額相当の損害金六九四万四、九六一円を損害賠償として支払うべき義務があるので、被告より支払済みの返還すべき代金四四〇万円を相殺控除した残額金二五四万四、九六一円の支払を求めるものである。

被告主張の解約の事実があるとしても、前項において主張のとおり、右損害賠償請求権の放棄を意味するものではない。

一一、(不当利得返還請求) 仮りに、原告主張の解約により上記各請求が認められないならば、原告は不当利得の返還を請求する。

原告は本件請負契約が合意により解約された昭和四二年四月二〇日までの間に前記金額相当の費用を支出して浄化槽設置工事をなしたものであるところ、被告は原告のなした右工事をそのまま取得して葉山滋をしてこれを完成せしめた。

被告は右合意解除の結果、法律上の原因なくして、原告が金六九四万四、九六一円の出捐をなして工作した右工事部分を取得し、原告の損失において右金額相当の利益を得たものであるから、これを原告に返還すべく、被告より受領した返還すべき代金四四〇万円を相殺控除した残額金二五四万四、九六一円及びこれに対する契約解除により被告が悪意の受益者となった日の後である昭和四二年五月一日以降完済に至るまでの商事法定利率による利息の支払を求めるものである。

と述べた。

被告代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として

一、原告主張第一、二項の各事実は認める。

二、同上第五項の事実は知らない。

三、その余の原告主張事実は否認する。

四、原被告間の本件請負契約はそれ自体が下請負工事の契約であり、従って原告主張の実費補償契約に変更されることはありえないことであった。

五、本件契約においては工事完成の期限を昭和四二年三月二五日とする約束であったが、原告は右工事を遅延し、施行途中で被告に対し、工事を続行することができない旨申し入れてきたため、同年四月一八日、原被告及び葉山建設こと訴外葉山滋の三者間において、本件工事については葉山が残工事を遂行するが、原告においても依然として工事完成の責任を負担するとともに少くとも右工事完成に必要な職人を常時四名出役させる旨の契約が成立した。

しかるに、原告は右約束の職人四名の出役をさせず、工事完成の責任を全くつくさなかったので、同月二〇日原被告及び葉山の三者協議の結果、合意により本件工事について、遡って同月一八日以降原被告間の残工事についての請負を解約し、原告とは全然関係なく葉山と被告との間において直接残工事の請負契約が成立したものと決定する旨の契約が成立した。

六、原告が本件契約に従い施行した工事高は全工程の七〇パーセントにすぎないから、契約によるその工事代価は金三〇八万円となるところ、被告が原告に対して支払った総額は金三八〇万円であり、金七二万円の過払いとなっている。

従って、原告において当初契約の全工事を完成したことを前提とする本訴代金請求は失当である。

七、本件請負工事の施行内容につき岩盤の存在その他原告の主張する事情があったにしても、いわゆる「事情変更」の理論により契約解除権や代金増額請求権を発生せしめるのは、貨幣価値の暴落等社会経済事情の急激な変動と不可抗力による損失が結合して契約に従うことが著しく不合理となったときであり、本件においてはかような事情の変更は存在しない。

八、本件請負契約は当事者の合意により解除されたものであるから、注文者の一方的な解除の場合を規定する民法六四一条は適用なく、同条に基く原告の損害賠償請求は失当である。

九、原告の不当利得返還請求については、契約解除の効果として原状回復の義務が生ずるのみで、不当利得返還義務は生じないから、原告の請求は失当である。

と述べた。

≪証拠関係省略≫

理由

原告主張の請求原因第一、二項の各事実は当事者間に争いがなく、原告が被告より約定代金額と同額の金四四〇万円を受領した事実は原告において自認するところである。

≪証拠省略≫によれば、原告施行に係る本件請負工事の初期において、浄化槽設置のための地下掘り下げ個所の一部に、岩石を含む堅い地盤があったこと、そこで原告より被告福岡支店工務課長代理で、本件工事現場監督責任者であった訴外明石英毅に対し、工事費用がかさむ旨を訴えたことがあり、これに対し明石は「何とか考えなければいけないだろう。」と答えて機械使用及び人夫使役の明細を判然とさせておくよう指示した事実を認めることができるけれども、右の事実をもって本件請負契約の内容が合意により原告主張のような実費補償の契約に変更されたものということはできないし、他に右原告主張事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、右合意による契約内容変更を前提とする原告の請求はすでに理由がない。

次に、原告主張の事情変更による増額請求に係る代金請求について判断する。

≪証拠省略≫によれば、本件請負工事の施行について原告が現実に支弁した費用金額は約三〇〇万円であり、別途に訴外第三者に対し調停及び裁判上の和解により支払を約した費用(九六万余円)ならびに訴外第三者より単に請求書により請求されている金額があり、これらを含めた費用総額は約五四〇万円となることが認められる。(≪証拠判断省略≫)

しかし、右認定の費用額中、原告主張の岩盤の存在による悪条件のため当初の予定外に増加したものと認めうる金額は、≪証拠省略≫に係る機械費用合計金六二万円余のうち、≪証拠省略≫により認められる当初予定の二〇万円を除いた約四〇万円であり、他に右悪条件の結果増加を余儀なくされた人夫賃金その他の費用額はこれを認めうる証拠はない。

そして、≪証拠省略≫を総合すれば、約定代金総額四四〇万円の本件請負工事については、約定完成日を昭和四二年三月二五日とするものであったが、前示工事地盤の事情のほか降雨等により工事の進行が遅れたうえ、原告の資金繰り不調により雇い入れ人夫の賃金や下請業者に対する代金等の支払の滞りのため、全工程の六、七〇パーセント程度まで施行済の状態であった同年四月一七日頃には従来のままでの工事続行ができなくなったこと、被告としてはすでに同年一月二五日より四月四日までの間に六回にわたり約定代金のうち金三八〇万円を原告に支払っており、工事出来高割合以上の過払いとなっていたものであるが、同年四月一八日被告代表者福岡支店長小沢順、当時の原告代表取締役和田密男及び原告の下請工事人葉山滋の三者が協議の結果、同日以降の工事施行につき、葉山において専ら工事を施行するが、原告においても完成までの間浄化槽関係職人を常時四名出役させ、かつ工事について依然として全責任を負うものとし、同日以後の工事代金については、原告は葉山にその受領を委任し、被告より直接葉山に対し支払をなすこととする旨の合意がなされたこと、右合意に基き同日残代金の内金四〇万円が被告より葉山に支払われ、葉山は同日以降の工事を続行したこと、しかし、その直後に原告は支払手形の不渡りを出して銀行取引停止処分を受ける状態になり、原告は事業全般を継続することができなくなったため、同月二〇日に再度前記三者が会談し、原告の申出により、原告自身は本件請負工事から手を引き無関係となり、残工事については葉山の被告からの直接請負として施行すべきものとする旨の合意がなされ、右合意に基いて葉山において残工事を続行し、手直し工事を除き、それ以前の分を終了して被告に引渡を了し、被告より葉山に対し二回にわたり残代金全部として計金三五万円が支払われたこと、右二回目の三者合意の際には本件請負工事の全工程のうち七〇パーセントが施行済であったこと、以上の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、原被告間の本件請負契約は、昭和四二年四月二〇日原告の工事完成前に原被告の合意により解除されたものというべきであり、また、その請負の内容、解除時点における履行状況及び解除についての合意の趣旨に鑑み、右契約合意解除においては原状回復をしないことをもって合意の一内容とする当事者の意思であったものと解するのが相当である。かような場合、当事者の契約上の義務の一部履行済部分に関する清算処理については、第一次的には当事者の合意の内容により定まるものであり、第二次的には不当利得の返還により解決さるべきものであって、原告主張のような仕事完成引渡を前提とする代金請求は増額請求の点を含めて、すでにその前提を欠き失当である。

のみならず、≪証拠省略≫を綜合すれば、前示のように原告の本件請負工事施行につき当初予定以上の出費がかさんだことは、前記地盤の状態及び天候の状況もあったけれども、主として、原告の見込み違い及び資金調達にも関係する労務管理の不手際を原因とするものと推認され、また工事地盤の一部に岩石を含む堅い部分の存すること及び工事期間中悪天候の日のあることも取引上全く当事者の予想しえなかった事態ということはできないし、さらに工事全工程の七〇パーセントを施行したにすぎない原告に対し、被告は約定代金額の殆ど全額の四二〇万円を支払っている点(原告は全額四四〇万円の支払受領を自認)を考慮するときは、土建業者間の商取引である本件においては、事情変更の原則を適用して代金増額請求を許すべき場合とは認め難い。

よって、増額代金の支払を求める原告の請求も理由がない。

次に、原告の民法六四一条の規定を根拠とする損害賠償の請求については、本件請負契約が昭和四二年四月二〇日当事者双方の合意により解除せられたものであることは前示のとおりであり、その際の清算処理については前示のとおり解決すべきものであるところ、注文者の意思による一方的契約解除の場合の規定である民法六四一条を適用すべき限りではないことは明らかであり、また他に同条を適用すべき具体的事実については、本件訴訟当事者においてなんら主張立証しないところである。

よって、右損害賠償請求もまた理由がない。

さらに、原告の不当利得返還請求につき判断する。

本件請負契約の前認定の合意解除に関し、すでに当事者双方の履行済の部分の清算処理については、第一次的には解除における合意により定まるべきことは前示のとおりであるところ、右合意解除に当り、前認定のとおり原告の施工済の仕事に付加してさらに訴外葉山滋が残工事を施行するものと合意されたことにより、右原告施行済部分の原状回復をしないことを明確にしている外は、合意の上で明示されたものは、これを認めることのできる証拠はない。

しかしながら、当事者双方の履行状況を含む前認定の合意解除時における諸事実によれば、当事者双方ともに施行済の工事部分及び支払済の代金につき原状回復及び利得の償還を請求せず、各相手方において履行を受けたままに取得することの黙示的な合意がなされたものと推認するのが相当である。

のみならず、被告において一部履行を受けた工事部分について不当利得としてその利益を原告に返還すべき場合であっても、被告は解除により法律上の原因なく受けたこととなる利益の存する限度において返還すべき義務を負うのみであることは民法七〇三条の明定するところであるところ、原告の工事に要した費用全額が直ちに右利得金額となるものではない。

すなわち、注文者たる被告は、本来、契約に従い約定代金四四〇万円を出捐するこにより本件請負工事の完成引渡を受けるべき立場にあったものであり、前示合意解除は前認定のように請負人たる原告の事業継続不能という理由によるもので、原告の債務不履行による契約解除に準ずる実質を有するものであるから、かような工事途中における工事請負人の都合による合意解除の場合には、未完成の仕事の結果を取得した注文者たる被告の得た利益の存する限度額は、約定代金総額に対する一部施行済みの仕事の出来高に対応する金額に相当するものというべく、実際価額がそれ以上であっても、その超過額は、契約により被告の本来得べかりし利益として注文者の取得に帰すべく、不当利得として請負人たる原告の返還請求をなし得ないものと解すべきであり、このことは、請負人が全然仕事をしないうちに請負人の責に帰すべき債務不履行により契約解除せられた場合に、注文者が別途に仕事を完成するに要する費用額が解除された契約の約定代金額を超えるときは、その差額をもって注文者の得べかりし利益の喪失として、請負人においてその損害を賠償すべきものとなることと理を一にするものである。従って、前示合意解除により契約工事の全工程の七〇パーセント相当の仕事の結果を収受することとなった被告においてこれにより得た利益の限度額は、約定代金額四四〇万円の七〇パーセントである金三〇八万円相当というべきである。

そして、被告の右利得金額三〇八万円と、原告の利得したことを自認する支払受領代金額四四〇万円との各返還債権債務につき、原告主張の相殺による差引計算をすれば、原告において被告に対し返還請求しうべき不当利得金額の存在しないことも明らかである。

従って、不当利得の返還を求める原告の請求もまた理由がない。

よって、原告の本訴各請求をいずれも失当として棄却すべきものとし、民訴法八九条に則り、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺惺)

<以下省略>

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